相島で遭難300回忌供養会が行われました

2018年07月23日(月)

享保4(1719)年7月24日、朝鮮通信使を迎えるため準備中の船40艘余が大風によって破船・遭難、福岡藩士12名と水夫49名の合わせて61名が亡くなりました。

今年は300回遠忌に当たり、その供養会が7月22日、相島の経塔様広場で神宮寺の中澤老師の表白と読経をいただいて執り行われました。参加者は地元の方々、朝鮮通信使や歴史に関心のある人およそ60名が先人を偲んで焼香を行ないました。

神宮寺中澤老師による表白

供養会実行委員会の委員長には藤香会の毛屋副会長が就き、昨年より地元の区長、神宮寺檀家の方、漁業組合、婦人会、相島歴史の会、藤香会などが中心となって準備を進めてきました。

藤香会からは、毛屋副会長をはじめ天本理事、西田理事、東旭秀会員が参列いたしました。

毛屋実行委員長(藤香会副会長)の挨拶

供養会の後は筑前琵琶奏者の東旭秀大師範(当会会員)の「藍嶋殉難碑」(作曲東旭秀さん、作詞示車右甫さん)が奉納されました。詞は相島での遭難の経緯を詠ったものです。

東旭秀さん(当会会員)の筑前琵琶演奏奉納

その後場所をきずな館に移して相島歴史の会の今村公亮事務局長による「ユネスコ世界の記憶登録の意義とこれからの課題」と題する講話がありました。

その内容は西日本新聞にも掲載されました。

西日本新聞に掲載の記事(H30.7.23付)

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