8月5日(火) 西日本新聞朝刊より
福岡藩初代藩主である黒田長政公の命日に当たる8月4日、菩提寺である崇福寺において
ご法要が執り行われました。朝からの雨の中を藤香会会員と一般の参詣者100名が長政公の位牌の前で焼香し、藩主の冥福を祈りました。
その後、NHK福岡放送局長の田口五朗氏が「軍師官兵衛」にちなみ、今までの長政の登場した場面を振り返りながら、長政の初陣後の活躍する場面について今後の放映される内容の一部分の話をしました。
この様子は、西日本新聞8月5日朝刊に掲載されました。
長政公392回御忌ご法要
前列右より、山崎拓藤香会会長、中島敏行藤香会顧問、毛屋嘉明藤香会副会長、
伊達健太郎黒田奨学会理事長、石井幸孝福岡城市民の会理事長、
田口五朗NHK福岡放送局長
講演される田口五朗NHK福岡放送局長
祭壇の様子
法要の様子
7月19日に黒田家の菩提寺である崇福寺で博多部ランド協議会主催の“博多っ子講座”の講師を務められました。
演題は「黒田官兵衛と黒田家墓所」で、放映中の「軍師官兵衛」を引き合いに官兵衛の教え“水五訓”や黒田長久様の「わが祖 如水」の紹介に続き、藤香会の趣旨・目的やこれまでの歩みについて話をされました。
黒田家墓所については、昭和25年の大改葬や平成17年の西方沖地震での墓石の倒壊とその修復について詳しい説明がありました。そして今年の福岡市への墓所の寄贈に至る経緯が語られました。
参加した70名の聴衆は1時間、話に引き込まれ、熱心に聞き入っていました。講座終了後も数名の方が手を挙げて質問をしていました。
その後墓所に回り、歴代藩主の墓石を見て、ここでもメモを取ったり質問をしていました。
講演をされる中島顧問
熱心に聞き入る参加者
当日配布されたレジュメ
博多山笠は7月13日の集団山見せで初めて博多部から福岡部へ入ります。長髙様は、七流れのうち千代流れに台上がりされました。
藩主家の当主が山笠に参加されるのは、773年の長い歴史の中で初めてのことです。
また、黒田家の菩提寺でもある崇福寺に舁き入れたのも初めてだった由。
崇福寺の岩月海洞老師は、禅宗は神社のお祭りの山笠がお寺に舁き入れてもこだわらな
い。仏教であれ、神道であれ、キリスト教であれ、一緒に人々の安寧を祈ってゆける旨の話をしておられました。この考えで、如水公の法要もキリスト教と一緒に行うことにも拘らなかったということです。
長髙様は、博多祇園山笠が773年の伝統を持つと聞いて黒田家の福岡での歴史より長い祭りであり、それに台上がりという貴重な体験をしたと話しておられました。
藤香会からは毛屋嘉明副会長、田中崇和理事、長岡鎮廣会員(柳心会宗家)が水法被姿で参加しました。
この模様は、西日本新聞ほか多くの新聞、テレビなどで報道されました。

千代流の舁き山は「真紅兵貫義(しんくつわものぎをつらぬく)」
ちなみに飾り山は「軍師官兵衛」でした。
長髙様が博多祇園山笠にで「台上がり」を努めるとの記事が西日本新聞(2014.7.3)に掲載されました。
7月到来、いよいよ博多山笠の季節となりました。15日の追い山まで2週間の博多の町のお祭りです。博多山笠は今年773年の伝統を誇る重要無形民俗文化財です。
7月13日の集団山見せには、黒田長髙様が千代流の表右肩に台上がりされます。集団山見せの台上がりは地元の著名人や経済界の重鎮が多いですが、山笠773年の伝統でも旧福岡藩主の当主が台上がりされるのは初めてのことではないでしょうか。
福岡藩筆頭家老黒田播磨(三奈木黒田家)の安政2年の日記には、
「例年當十五日 山笠舁廻候節 乗馬跡先付廻リ 山舁之者 難渋之趣
年行事より申出候付 手筋江達相成度旨 町奉行より大目付まて申出候付
筋々相達置 可申席之心得も可有之ニ付 卒度 申出置候段 (大音)権左衛
門(家老)より申出 承知之旨 相答置」
と記されています。
これは6月6日(旧暦)の記述ですが、昔は6月1日から15日まで開催されていました。
昔も警備の武士も、警備はそこのけで見学していたのです。
8月4日の黒田長政公の392回忌ご法要を前に、墓所の草刈りと清掃を実施します。
去る4月1日に黒田家墓所は福岡市へ寄贈されましたが、草刈り・清掃とご法要は
従来通り藤香会で実施します。
墓所草刈り・清掃
日時 平成26年7月27日(日) 9:00~11:00
少雨決行
場所 崇福寺境内 黒田家墓所
福岡市博多区千代4丁目7番-29号
草刈りおよび清掃道具は藤香会で準備します。普段着でご参加ください。
* 駐車場が無いため、公共交通機関をご利用ください
平成26年3月 如水公ご法要時の草刈りの様子
長政公392回忌ご法要
日時 平成26年8月4日(月) 11:00~
場所 崇福寺本堂および墓前にて
なお、参列される方は平服にてご参詣ください
如水公ご法要の様子