忠之公367回御忌法要が執り行われました

命日の2月12日小雨模様の中、長髙様を始め会員、賛助会員72名の参列者を得て法要を執り行いました。藤田紫雲老師の読経が続く中、長髙様、山崎会長、毛屋副会長の焼香に続いて会員が焼香を行いました。

藤香会を代表して、左より長髙様、山崎会長、毛屋副会長
焼香する会員の皆さん
長髙様のお礼の挨拶

法要の後、老師は忠之公は非常に慈悲深い人であったと言って、山伏の話をされました。道を外れた山伏を他の山伏が誅しようとして忠之に命を助けられた上に金子まで賜る。その山伏は忠之公恩に報いるため終生仏道に励み、忠之の死を聞いて殉死したということである。忠之公に殉じた5人の家臣の墓と同じ五輪塔の墓がある。

藤田紫雲老師の法話、「慈悲深い忠之公」

その後2階に移り、吉田征則さんの卓話「福岡藩吉田家の歴史」と題して播磨の時代から福岡藩の幕末までの吉田家の歴史を先祖5代の人を紹介する形で説明をされた。

講話の講師吉田征則会員

お昼は長髙様を囲んで懇親昼食会となった。

懇親昼食会の皆さん

今回は賛助会員の参加も多く、西日本シティ銀行久保田会長、読売新聞社中井社長、三友機器の河内社長、ノムラの野村社長などが参列された、新入会員では吉田道央さん、米村旭翔さん、坪内勇三さん、中村泰三さんが紹介された。

歴史勉強会が開かれました

9月20日(金)午後1時30分より福岡市博物館講座室で毎年恒例になった歴史勉強会が開催されました。会員および一般の150名を超えるの出席をいただいての盛況ぶりでした。

会場のある福岡市博物館

演題は、「黒田騒動の展開  ――大膳忠臣説を読み解く――」と題して、九州大学基幹教育院教授福田千鶴先生の1時間30分を過ぎる講演でした。

受付け

最初に山崎拓会長は「勉強会において郷土の歴史について理解を深め、郷土を愛するようになっていただきたい。昨年西日本新聞に連載された『福博ヒストリア 黒田家7代の点描』で福岡藩の歴史を書かれた時から講師をお願いして、やっと今年実現した。」と挨拶された。

山崎会長の挨拶

福岡藩は、長政が亡くなった元和9年には大譜代72家、古譜代84家、新修45家があり、1万石以上の家柄は実に7家もあった。忠之は高禄家臣の排除を目指し、その結果として栗山大膳の知行を召し上げ、屋敷を取り囲み一触即発の状態となった。それは大膳のみならず高禄家臣の排除でもあった。豊後府内の竹中重義が福岡で仲裁に入り、大膳を日田に引き取る。大膳が福岡城を退出する時の人数は500名とのこと。

忠之が凡庸であったかについては、長政の教育にこれからは政務の器用(政務に役に立つ技量)よりも多少“うつけ”であった方が良いとも言っている。このことから忠之は“うつけの3代目”と言われ、各藩大名も“うつけ”と認識していた。これが結果的には良かった。

幕府は各藩の家中のことは各藩に任せ、幕府は介入せずとの方針だったため、大膳は忠之に謀叛ありと訴えて介入させたのである。ただし大膳は黒田家(長政)が徳川家康から感状をもらっているのを知っており、これで改易されることはないと見通していたのではないか。

結果的に忠之に謀叛なしとし、一旦領地は召し上げられるが、その日の内に安堵される。

安堵された後は、高禄家臣は忠之から知行を減らされながら貰うことになる。大膳も盛岡南部藩に流罪となるが、扶持を貰って5里四方歩行自由という寛大な処置となった。

戦国期から近世への過渡期に起きた旧武将団と領国経営をしなければならない藩主との軋轢と見ることができる。

講演される九州大学基幹教育院教授福田千鶴先生
プロジェクターを使って説明される福田千鶴先生
150名を超える参加者
質問する参加者(会員)
毛屋副会長のお礼の挨拶

長政公397回御忌法要が執り行われました

長政公の命日である8月4日に397回御忌法要が博多区千代の崇福寺において執り行われました。

酷暑の中、会員・賛助会員53名と黒田長髙様、姫路・廣峯神社の曲淵禰宜様の参列をいただいての法要となりました。岩月海洞老師の「五体投地」、読経の中参列の会員の焼香、そして「表白」があって本堂での法要を終わりました。

法要の様子
長髙様ご焼香
施主藤香会代表・山崎会長の焼香
次々に焼香する会員

会員はその後、中門より黒田家墓所に移動して長政公の墓前で焼香をしました。

長政公墓前で焼香する会員
長政公墓前に焼香する会員

長髙様を囲んでの懇親会は、今年は博多区東光の「芙蓉別館」において、53名の会員が出席して行われました。いつものように長髙様を交えての楽しい懇談となりました。

懇親会の様子と挨拶される長髙様

長政公法要を前に墓所を清掃

8月4日の長政公のご法要を前に、崇福寺にある黒田家墓所を清掃しました。梅雨明け(7月24日)後の好天と高温の中、会員38名と一般の人たち13名の51名が参加して清掃を行いました。

墓前を清掃する会員の皆さん

直前に市役所の草刈りとどなたか分りませんがほんの数日前に墓石前の水鉢の清掃がなされていました。黒田家墓所を大事に思っていらっしゃる方がおられるのは本当に心強いことで、感謝、感謝です。

大きな木の枝や墓石に掛かる桜の枝剪定で切った枝は小石原から来ていただいた太田会員に処分のため持ち帰っていただきました。これも毎回のことでありがたいことです。

朝早く、小石原(福岡から60km)からかけつけていただいた太田会員
清掃の協力していただいた柳生新陰流・柳心会の長岡宗家(本会会員)、マイケル・コンタス会員、柳心会の皆さん
清掃を終えて墓前で記念撮影、みんないい顔をしています

令和元年度の総会が開かれました

今年度は場所を警固神社神徳殿に移して5月25日11時から開催されました。総会は昨年よりも多い6名の協賛会員を含め総数67名の出席を得て開催されました。

会場の警固神社神徳殿

山崎会長が冒頭の挨拶で、「例年通りの藩主の法要、歴史勉強会への期待、今秋建立が予定されている姫路・官兵衛神社への訪問などのほか、会員のすそ野を広げ、充実した事業を展開できるよう藤香会を法人化したい。」と挨拶されました。

挨拶される山崎会長

議事は事業報告・決算の承認の後、毛屋副会長は令和元年度基本方針説明の中で、法人化の推進と中長期計画として3年後の長政公400回遠忌の執行、昨年に引き続き基金の積み増しなどが説明されました。

法人化について毛屋副会長から詳細な説明があり異議なく承認されました。それを反映した事業計画案、予算案も議案書通り承認されました。

また役員の選出では、鈴木譲二顧問および平田善積理事の退任と新理事に松尾等氏が選出されて、12時に終了いたしました。

熱心に審議する会員

主な行事としては、歴代藩主の法要と寺社参詣のほか、9月20日(金)午後1時30分からの歴史勉強会では九州大学基幹教育院教授の福田千鶴先生をお招きして「黒田騒動の展開・・・大膳忠臣説を読み解く」と題しての講演を、また史跡めぐりでは11月29日に予定されている姫路・廣峯神社内に建立される官兵衛神社の落慶式典への参加を予定しています。多くの会員の参加をお願いいたします。

中井一平氏による講話

総会終了後は読売新聞西部本社社長中井一平さん(本会会員)による「福岡城跡のにぎわい創出」と題しての講話がありました。福岡城近くに本社をもつ読売新聞は、「博多どんたく」や福岡城市民の会に協力してきたが、市の中心部の緑多い、生態系の多様なこの場所でストリートダンスを創設してにぎわいを作ってゆく事業に取り組んで行きたい。今では200万人が参加する「YOSAKOIソーラン祭り」のようなイベントに育てたいと結ばれました。

講演される読売新聞西部本社社長の中井一平さん

 

如水公第416回御忌法要が執り行われました

如水公命日の3月20日、博多・崇福寺で第416回御忌法要が、16代当主長髙様を迎えて執り行われました。会員76名が参列しました。

法要の開始を待つ長髙様、山崎会長、毛屋副会長
本殿で焼香される長髙様
次々と焼香する会員

山崎会長は挨拶の中で、このような歴代藩主の法要を続けて、市民にも福岡の礎を築いた黒田家を知っていただくことが重要だと話されました。

挨拶される山崎会長

今回は姫路より廣峯神社の幸田宮司、曲渕禰宜様を初め巫女のお二人、播磨の黒田武士顕彰会会長の参列もありました。

本殿での法要の後、墓所に向かい、如水公墓前での焼香を行いました。

墓前で焼香される長髙様と、山崎会長

この法要に先立って、墓所は3月17日に会員および市文化財部、明るい社会をつくる会、柳生新影流の会員ら40名の協力を得て清掃を行いました。

墓所清掃に参加した会員たち
清掃を終えて、みんなで記念撮影

忠之公の366回忌ご法要が執り行われました

福岡藩第2代忠之公の366回忌ご法要が菩提寺である東長寺で執り行われました。長髙様はじめ会員、賛助会員58名が参列しました。藤田紫雲老師の読経のなか、忠之公の菩提に順次焼香いたしました。法要の後、同じ本堂で藤田紫雲老師は挨拶とともに福岡藩の寺社奉行と交渉を東長寺が神社・仏閣の代表として行っていた旨をお話されました。

参列した会員
焼香される長髙様
順次焼香する会員

その後2階に会場を移して、天本理事が「10代藩主齋清公のご逝去」とい演題で講話を行いました。

卓話を行う天本理事

会員との会食の場では、大音六左衛門青山の末裔である野村宗健さん、相島神宮寺住職中澤慶輝さんほかの新入会員が紹介され、長髙様を囲んでの懇親となりました。

懇親会の様子

長髙様は帰路、中央区平尾にある六代藩主継高公が創建された宇賀神社(別名、黒田稲荷)を訪問されました。この模様は2月13日付西日本新聞に掲載されました。

神職から話を聞かれる長髙様
訪問の記事が掲載された西日本新聞(平成31年2月13日付)