東旭秀会員の演奏日程
去る12月2日に開催された当会忘年会において演奏された筑前琵琶奏者である会員の東旭秀さんの演奏のスケジュールが決まりました。
忘年会で初めて筑前琵琶の演奏と語りを聞いた会員も多く、感激の面持ちで聞き入っていました。
東さんは自ら主宰され、1300年の伝統の技と精神を受け継ぐ「恵美企画」が平成30年に5周年を迎えるのを機にCDも製作されるとのこと。
演奏日程
・4月30日(月・休) 14:15~ 熊本県民交流館パレアホール
小島旭實先生演奏3000回達成記念にゲスト出演
・7月22日(日) 11:00~ 福岡県新宮町相島 神宮寺
—朝鮮通信使ユネスコ世界の記憶認定記念—
通信使受入れの黒田藩士など遭難300回遠忌法要の場で演奏
・8月4日(土) 15:00~ 太宰府文化ふれあい館
太宰府まるごと歴史展オープニング演奏
・10月23日(火) 11:00~
—明治維新150年記念—
野村望東尼・藤巴他 CD製作発表、パーティ
・11月17日(土) いとしま市民大学にて
合同講座 秋の音楽祭「筑前琵琶」
可也公民館
糸島市志摩初18番地 (TEL:092-327-1734)
お問い合わせは東旭秀さん TEL 090-5025-5208
黒田家の家紋「藤巴」入りのパスケースを販売
黒田家の家紋である藤巴を博多織で織り込んだパスケースを販売いたします。
藤香会の公式行事(歴代藩主の法要、総会、勉強会、史跡巡り、忘年会など)の場で会員に限り販売します。
現在、写真の右の金色の紋のみの販売となります。
1個1,500円で、西田理事が取り扱います。
史跡巡りを実施しました
恒例の史跡巡りは、この度世界文化遺産に認定された沖ノ島および関連遺産群を見る旅となりました。今回は世界遺産のある地を巡るため、会員54名の参加で今までにない大人数でのイベントとなりました。
11月7日の暑くもなく寒くもない気候のもと宗像大社を参詣しました。前の週に天皇皇后両陛下が訪問された勅使館に案内され、陛下の休まれた部屋を見せていただき、座られた椅子(レプリカ)に座り、普段は神宝館に展示されている神宝を持出し展示して両陛下にご覧にいれた部屋でお茶や菓子をいだきながら葦津宮司の説明を聞きました。その後本殿で正式参拝を済ませ、神社の原始形態である高宮祭場を参詣し神宝館で数々の国宝を観覧しました。
続いて訪れた鎮国寺ではご住職の法話と5体の仏像(空海の作と言われる)で、宗像大社の神護寺だった時代、宗像三女神の化身である大日如来、釈迦如来、薬師如来と阿弥陀如来、如意輪観音菩薩を拝観いたしました。境内にある観音様は以前は“ボケ封じ観音“と呼ばれていたが、今では“いきいき観音“と呼ばれているそうです。
昼食の後、神ノ湊から大島に渡り宗像社の中津宮を参詣し、天の真名井の神水で喉を潤して沖津宮遙拝所に向かいました。残念ながら薄曇りの天気であったため沖ノ島は見ることができませんでしたが、静かな海の向こうに神聖な沖ノ島があるという感慨に浸ることができました。
大島での見学は宗像大社の権禰宜である松林さんに同行案内していただきました。
今回は宗像大社の葦津宮司さんや松林権禰宜さん、鎮国寺の立部住職さんの説明で、普段のガイドさんの案内では聞くことができない内容を聞くことができました。ありがとうございました。
黒田家文書、ユネスコ「世界の記憶」に登録
黒田家第14代当主長禮様から福岡県に寄贈された黒田家文書のうち、宝暦13年、14年(1763、1764)の第11回通信使の接遇を記録した「朝鮮人来聘記」11冊と「朝鮮人帰国記」4冊の計15冊をはじめとする日韓の「朝鮮通信使に関する記録」333点が10月30日(日本時間31日)に登録された。日本の「朝鮮通信使縁地連絡協議会」と韓国釜山市の「釜山文化財団」とが共同でユネスコに昨年3月に登録申請していたもの。
朝鮮通信使は、江戸時代に12回にわたって朝鮮国王が修好のため日本に派遣した外交使節で、福岡藩は相島(福岡県新宮町)で受け入れ、準備や応接を行った。
通信使一行およそ500名、対馬藩およそ400名を迎え、福岡藩からも数百名が相島に渡った。貝原益軒ら儒学者も出向き、朝鮮側の儒者から朝鮮における李退渓学派の事跡、著述のこと、学校、科挙のことなどを尋ねた。また同行の儒者と詩文を取り交わす唱和をして交流を行った。
福岡県からはもうひとつ豊前小倉の小笠原文書のうち、第12回通信使の時に藩主小笠原忠固が対馬まで上使として出向き国書交換を行った時の記録「對州御下向海陸日記」と「對州御滞留日記 文化八年忠固公朝鮮使接待役」も申請された。「對州御滞留日記 文化八年忠固公朝鮮使接待役」は福岡市の「対馬文書を読む会(原順子氏主宰)」によって平成24年と平成29年に翻刻されている。
柳心会宗家継承20周年記念演舞大会が開催されました
秋晴れの爽やかな平成29年10月8日、当会会員である柳生新影流柳心会第14代宗家の長岡源十郎鎮廣さんの継承20周年記念演武会が、黒田長高さまご夫妻の臨席の下、盛大に行われました。 会場の福岡武道館には開場時間の12時30分より各界からの来賓の方々、武道の関係者、一般の見学者が来場されました。藤香会からは来賓の山崎会長、毛屋副会長はじめ、田島事務局長以下9人の理事・会員が参加しました。
会場に入ると柳生新影流のご神体の「日輪摩利支天」の掛け軸が掲げられその前に祭壇が設けられていました。 大会は開会宣言、国歌奉唱の後、来賓の黒田長髙様、藤香会の山崎会長、衆議院議員鬼木誠様の奥様の3人方々が祝辞を延べられました。
演武に先立ち、来場の人たちの健勝と演武の無事を祈って四方拂が行われました。また祝舞(黒田武士)として披露された花柳流月須美会の日本舞踊が大会に華やかさを添えていました。
演武の第一部は、作法、基本刀法、団体演武、木剣組太刀、剣法組太刀続き、最後に模範演技として総括師範のマイケルさん(当会会員)の真剣切、宗家の活人剣などが演舞されました。
第2部は薬丸野太刀示現流保存会の師範と会員が友情出演され、示現流のただ一撃で「敵を倒さずんばやまず」という攻撃的な武術が実演され、打ち込みの時に発する声が会場に響き渡りました。その後福岡藩柳生新影流に代々継承されている杖術、杖体術、無刀取など多彩な技が宗家と上級会員により披露され、厳粛な雰囲気の中に大会は終了しました。(原俊樹記)
第15回全国藩校サミット金沢大会
一昨年の福岡、昨年の丸亀に続く15回目の藩校サミットが、去る9月30日(土)から10月1日(日)に加賀百万石の城下金沢でおよそ300名が参加して開催されました。
当地前田家18代前田利祐様、徳川宗家18代徳川恒孝様をはじめとし、藩校関連の約30藩のご当主の出席されました。福岡本藩からは、黒田長髙様ご夫妻に加えて藤香会、修猷館、黒田奨学会関係者で総員18名が参加しました。 秋月藩からも第15代当主の黒田長幹様と約10名の参加がありました。
主催地加賀藩の藩校は「明倫堂」と「経武館」です。「明倫堂」は、明治になって旧制第四校高等学校、更に戦後は金沢大学へと繋がります。
翌10月1日(日)はエクスカーションで城跡、兼六園、美術館、前田利家公を祀った尾山神社等を見学しました。
なお、加賀前田家の17代当主の前田利建様の奥方は、筑前黒田家14代当主の黒田長禮様の長女政子様ですので、黒田家とは親戚筋にあたられます。 (田中崇和記)
職隆公の第433回忌法要が執り行われました
如水公の父職隆公の第433回忌法要と彼岸会法要とを兼ねた法要が、位牌が安置されている大長寺(福岡市中央区舞鶴)で9月23日に執り行われました。
江戸時代中ごろ、幕府により藩主の系図の提出が命ぜられ、黒田家も先祖探しを行なって系図を提出しました。播州妻鹿(めが)にあった職隆公の墓所を改修した折、墓所から出てきた硅化木(古木の根)が筑前にもたらされ、大長寺に安置されました。大長寺ではこのたびお堂を建てて古木の根を安置しました。それを記念してのご法要です。
黒田長髙様と藤香会の7名の理事が参列しました。姫路からも黒田武士顕彰会の神澤会長他の参詣がありました。
法要の後、福岡市博物館の田坂大蔵顧問が「黒田家と大長寺」と題して講演を行いました。普段あまり知ることのない姫路での職隆公の存在や黒田家の先祖探しの中で職隆公の墓所を探し、改修したことなどをお話されました。
柳心会宗家継承20周年記念演舞大会が開催されます
当会会員であり、福岡藩伝柳生新影流兵法柳心会14代宗家の長岡源十郎鎮廣さんの宗家継承20周年を記念しての演舞大会が行われます。
日時 平成29年10月8日(日) 12時30分開場、13時30分開演
第1部 13時30分~15時
第2部 15時30分~16時30分
場所 福岡武道館 (福岡市中央区大濠1丁目)
入場無料
奮ってご観覧ください。
歴史勉強会が開催されました
当会恒例の歴史勉強会が9月8日(金)午後、福岡市博物館講座室で行なわれました。今年は、当会会員であり、福岡地方史研究会会長でもある石瀧豊美先生が「黒田家と奨学事業」について、1時間30分にわたって講演されました。会員42名、一般14名の計56名の出席でした。
明治維新に出遅れたと言われた福岡県は、当時の大学進学者数で評価した場合は薩長土肥に続く第5の藩閥と言われ (外山正一)、山口、鹿児島に次いで第3位に位置付けられている。金子堅太郎、福本日南、井上良一にその例を見る。
この淵源は、「中国の兵法を学び、戦わずして勝つ」という黒田家の伝統による。貝原益軒と亀井南冥による藩校修猷館と甘棠館のほかに賛生館、文武館の4つの藩校があった。
幕末の海外留学生、廃藩置県後の海外留学生のなかから日本の学会や政治、経済をリードする人材が輩出されたことはよく知られているところである。
そして人材を育成する制度が黒田家にはあり、そのひとつとして藩校(修猷館)の再興、藤雲館の設立と奨学事業がある。中堀、肥前堀の蓮を県から黒田家に払い下げられ、その収益を光雲神社の維持費や修猷館の経費に使用し、埋め立てられた後はその益金を奨学会の基金として使った。
公益財団法人黒田奨学会は今年で102年となり、現在は黒田家浜御殿の跡地を駐車場として使用し、その収益を給付型奨学金に充てている。