如水公夫人・光姫様の法要

如水公夫人の光姫の命日に当たる8月26日、福岡市中央区大手門の圓應寺で第390回遠忌法要が執り行われました。
当山は光姫が開基した黒田家の菩提寺で、筑前国の名刹、中本山です。光姫は夫・如水公、子息・熊之助、長政を看取った後の寛永4(1627)年8月26日に75歳で福岡城内で亡くなりました。法名は「照福院殿然誉浩栄大尼公」。
法要は住職の三木和信老師(会員)の読経と、寺田蝶美さんの光姫の生涯を語った筑前琵琶で執り行われました。参詣者の焼香が続き、その後、舞踏家高橋創さんの舞、光姫の生涯を描いた手作りの紙芝居が演じられました。
副住職の三木英信さんからは、光姫の読み方についての話がありました。一般的には「テルヒメ」と呼ばれていますが、寺に残る古文書に「光」に「ミツ」とルビがふってあること、如水公墓石と長政公の間にある熊之助の墓石裏面に母「満」と刻まれており「ミツ」と読んだのではないかということでした。
藤香会からは田島事務局長、稲員大三郎会員ほか4名の会員が参詣し、福岡市博物館顧問の田坂大蔵氏や「播磨の黒田武士顕彰会」の神澤輝和会長の姿もありました。

山門 「光姫忌」の案内(那珂川郷土史研究会・藤野辰夫氏撮影)
山門 「光姫忌」の案内(那珂川郷土史研究会・藤野辰夫氏撮影)

法要前の本殿の様子(那珂川郷土史研究会・藤野辰夫氏撮影)
法要前の本殿の様子(那珂川郷土史研究会・藤野辰夫氏撮影)
参詣者の焼香(那珂川郷土史研究会・藤野辰夫氏撮影)
参詣者の焼香(那珂川郷土史研究会・藤野辰夫氏撮影)

長政公第394回御忌法要

福岡藩初代藩主長政公の第394回御忌法要が、命日である8月4日に崇福寺で16代当主長髙様の御臨席のもと執り行われました。会員50名が参詣しました。
福岡市では36度を超える猛暑の中での法要となり、参列者は汗だくとなりながら焼香を行いました。本堂での法要の後、中門を通って黒田家墓所に向かい長政公の墓前で焼香を行い、滞りなく法要を終えました。
当日の模様は、8月5日付け西日本新聞朝刊にも掲載されました。

岩月海洞老師の五体投地(三拝)
岩月海洞老師の五体投地(三拝)

長政公墓前での参詣者焼香
長政公墓前での参詣者焼香

8月5日付け西日本新聞朝刊に掲載された法要の記事
8月5日付け西日本新聞朝刊に掲載された法要の記事

歴史勉強会開催の案内

平成28年度の歴史勉強会は、野村望東尼研究家の谷川佳枝子先生をお招きして、「野村望東尼の生涯」について講演をいただきます。
谷川先生は福岡市のご出身で、地元修猷館高校を卒業後九州大学文学部国史学科に進まれました。大学在学中に自宅が望東尼が住んでいた平尾山荘の隣に転居されたことが切っ掛けで、研究を始められたとか。
案内パンフレットを各区市民センターに置きますので、会員以外の一般の方はそれから申し込みを行ってください。

  日時   平成28年9月24日(土) 午後1時開場 1時30分開始
  場所   福岡博物館 1階 講座室
  人数   150名(先着順) 入場無料
  申し込み先
   FAX   パンフレット裏面に記入の上、092-724-0007へ
   電話   氏名、年齢、住所、連絡先電話番号を092-724-0007へ
        (月~金 毎日10:00~15:00)
   メール  氏名、年齢、住所、連絡先電話番号を
        toukoukai_kuroda@ybb.ne.jp へ

谷川佳枝子さん写真s
 谷川佳枝子先生

長政公の法要を前に墓所の清掃を行いました

 長政公の命日に当たる8月4日の394回御忌の法要を前に、会員45名が参加して墓所の清掃を行いました。
 墓所が福岡市に移管されたことから草刈りなどは福岡市で実施していただいており、今回も刈られた草の寄せ集めや墓石花台やその周りの清掃程度の作業で済みました。
 黒田家墓所は、土曜・日曜・祝日の開門で多くの人たちが見学・参詣に訪れるようになり、福岡市でも管理に力を注いでいただいております。

清掃を終え、参加者全員で記念写真
清掃を終え、参加者全員で記念写真

「歴史人」8月号に藤香会が紹介されました

KKベストセラーズ発行の「歴史人」8月号に藤香会が取り上げられています。

会の沿革や目的、主な行事などが写真入りで掲載されています。

「歴史人」は戦国時代を主として取り上げ、武将の活躍などが掲載されている月刊誌です。

8月号は「戦国軍師の大逆転劇」を特集しており、黒田官兵衛についても10ページに亘って書かれています。

全国の主要書店のほかコンビニでも販売されています。価格は税込720円。

月刊誌「歴史人」8月号
月刊誌「歴史人」8月号
藤香会紹介のページ
藤香会紹介のページ

 

 

博多どんたく(博多松囃子)の祝いの口上

博多どんたくは5月3日と4日に博多と福岡の街で繰り広げられました。3日は雨天でパレードは中止となりましたが、4日は打って変わっての晴天で街中、賑わいました。

藤香会では4日、福岡城市民の会、黒田奨学会と並んで福岡城下の橋御門で三福神(福神流、恵比須流、大黒流)の博多松囃子の祝言を受けました。習わしに従って三福神へそれぞれ一束一本(半紙一束と白扇一本)の返礼が山崎会長より渡されました。

三ノ丸に設けられた演舞台では稚児舞があり、黒田長髙様への祝言の口上が述べられました。

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福神流の福禄寿

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大黒流の大黒天

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大黒流の祝いの口上を受けられる山崎会長

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返礼の一束一本

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稚児舞の出演者と長髙様

如水公第413回遠忌法要が執り行われました

藩祖黒田如水公の命日に当たる3月20日、墓所のある福岡博多・崇福寺本堂で第413回御忌法要が、16代当主黒田長髙様をはじめ藤香会会員61名の参列を得て厳粛に執り行われました。岩月海洞老師の読経の中、祭壇に設けられた焼香台に合掌・焼香を行ないました。

本堂での法要終了後に裏手にある墓所に向かい、如水公のお墓の前で焼香を行いました。

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参列者の会員

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岩月海洞老師の読経

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16代当主黒田長髙様の挨拶

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如水公墓前での焼香

 

これに先立つ午前中に長髙様は西公園の光雲神社と糸島にある桜井神社に参詣されました。藤香会から毛屋副会長、天本理事が、黒田奨学会から伊達理事長、田中事務局長が同行しました。

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手水で手を清められる長髙様

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光雲神社に奉納された橋本フサヱ氏の如水公と長政公の日本画

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桜井神社で記帳される長髙様

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桜井神社にある伊勢神宮に向かわれる (鳥居は昨年3月21日に三重・伊勢神宮より移建された)

黒田家文書、ユネスコ世界記憶遺産に申請

黒田家第14代当主長禮様から福岡県に寄贈され、福岡県立図書館が所蔵する黒田家文書のうち、宝暦13年、14年(1763、1764)の第11回通信使の接遇を記録した「朝鮮人来聘記」11冊と「朝鮮人帰国記」4冊の計15冊が、日韓共同でユネスコ世界記憶遺産に近く申請される朝鮮通信使に関する史料(全111件333点)に含まれた。これらの黒田家文書は、平田会員(理事)が参加された「福岡地方史研究会 古文書を読む会」によって翻刻(活字化)されている。

江戸時代に12回にわたって朝鮮王朝から幕府に派遣された朝鮮通信使を福岡藩は相島(福岡県新宮町)で受け入れ、準備や応接を行った。通信使一行およそ500名、対馬藩およそ400名を迎え、福岡藩からも数百名が相島に渡った。

貝原益軒も出向き、朝鮮側の儒者から朝鮮における李退渓学派の事跡、著述のこと、学校、科挙のことなどを尋ねた。また同行の儒学者と詩文を取り交わす唱和をして交流を行った。

享保の第9回の場合は、一日の食糧が「活雞(生きた鶏)三百余、雞子(卵)二千余個」が消費されたと来朝者側の記録にある。

福岡県からはもうひとつ豊前小倉の小笠原文書のうち、第12回通信使の時に藩主小笠原忠固が対馬まで上使として出向き国書交換を行った時の記録「對州御下向海陸日記」と「對州御滞留日記 文化八年忠固公朝鮮使接待役」も申請された。「對州御滞留日記 文化八年忠固公朝鮮使接待役」は福岡市の「対馬文書を読む会(原順子氏主宰)」によって平成24年に翻刻されている。

福岡藩のおひざ元である福岡市が所蔵する文書・図画類が申請する史料の中にないのは残念なことである。数年前までは福岡市博物館に朝鮮通信使のコーナーがあり、展示がなされていたにもかかわらず。

如水公法要を前に墓所の草刈りを実施

3月20日の如水公法要を前に、13日くもり空のもとで、会員40名の参加を得て黒田家墓所の草刈りと清掃に精を出しました。

一昨年福岡市に寄贈されたため市による草刈りが年3回実施され、またこの時期は草がそれほど茂っていないこともあり、10時には早々と終了しました。刈り取った草や集められた落ち葉は、太田和孝会員の指導で墓石の周りに植栽されている桜の木の根元に集められて保温と肥料になります。

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参加した会員

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参加した会員

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終了後、参加者全員で記念撮影